昭和40年03月06日 夜の御理解



 信心をさして頂く者、かくあってはならぬ、かくあらねばならぬ、分かりきっておるような事がある。案外分かっていない。いや、分かっているけれどもそれを行じていない、というようなことが多いですね。信心をさして頂いておれば当然分かっておらなければならない事、いよいよ自分の事になると、分かっていない。どうして、分かっておらなければならない筈の事が分かっていないだろうか。
 ただ、知っておるというだけで、聞いて知っておるというだけで、自分の物になっていない。おかげだけは頂いて来ておるけれども、そのおかげを頂く都度都度に、信心が自分の物になっていない。そういうところから、同じ失敗を何回も繰り返すのじゃなかろうかと思う。神様を御中心に申し上げた生活とは、神様無しには生きられない、もう私の家はもう神様のおかげを頂かなければ、と思い込んでおるようであって、実際は思、自分の物になってない。思い込んでいない。
 それでは、いつまで経ってもおんなし所を堂々回りしなければならない。今朝、四時ちょっと前だったでしょうか、ある所から電話が掛かって来た。娘が急性、急性盲腸炎で手術を致しております。ちょっとの時間で出来るはずのが、もう1時間もかかりますけども、具合よういっとりません。どうぞ、お取次ぎをお願い致します。という電話であった。もうほんとにおかげを頂いたと私は思うんです。何故ってあなた、そういうところを通らなければ分からない、しかも何回も通っておる人、ね、
 例え夜中でもいいじゃないですか、どん、いかん時に電話をかけて来るくらいですから。ね。行く前に一つですよ。お取次ぎを頂いた只今から、こうして苦しんでおりますから、医者にかかりますと。手術せねばいかんと言われますから手術致しますと。もう当然分かってなければならない人なんだ、いやそしてほんとにそんした人達一家は神様のおかげを頂かなければ立ち行かん、ということを、もう芯から、もう、いうならこの髄から知っておるはずの人達と。
つい最近もそれとは違った意味合いにおいてから、そんなことがあった。やっぱ先生、神様事って疎かにしてはいけません。ほんとにやはり手は取るようであるけれども、まあいうならば、まあ面倒くさくはあるけれどもやっぱり、神様を中心に申し上げなければいけない。いつも自分が中心であって行きよって失敗をする。神様中心じゃなかにゃいけない。お願いにはあわてて出て来るけれども、お礼にあわてて出て来る氏子が少ない。その少ない方の信者にならにゃぁいけん、ということも分かっておる。ね。
 お願いの時よりも、お礼の時を手篤うしなければならないことも、よう分かっておる。ね。祈れ薬れに、するから、ね、薬れ祈れにするからおかげにはならん、祈れ薬れにすればおかげになる。もうはっきり教えておられる事と思う。ね、薬を飲んではいけないぞと、医者にかかっちゃいけんぞ、信心さして頂く者がそんなことでどうするか。そんなことじゃない、お道の信心は、ね、けれども、やはり祈りの方を先にしなければいけないということ、お取次ぎ頂くことを先にしなければいけないということ。
 そこでこれは、人事じゃありません。自分自身の事に頂いて、頂いてみなければいけません。善導寺の原さんでしたでしょうか、もう10年も前の話になります。ある夜の御祈念に参ってみえて、霊様の前でしきりに、小倉の初代ですね、小倉、桂松平先生のことを思うて、ほんとにいつも桂先生の、お話を頂かして頂くけれども、大徳を受けられたという方だ、のお話を頂くけれども、大体その大徳を受けられる、ああいうご信心というものがどういう信心から、生まれたのだろう。
 と心に思うたらね、神様がお知らせ下さった。御心眼に鯨の皮ですね、おばやけと申します。今は、今時はもう、おばやけを作ったのがビニールの袋かなんかにこう入れてからね、出してございますからそんな手はいりませんのですけれども、以前はあれを買わせて頂きますと、もう刻むだけでもたいへんだったんですね。しかもあれを刻んだら、次には、熱い熱湯を注ぎます。
 たぎった湯をザーッとかける。で油を抜くわけなんですね。次には今度は氷のように冷たい水でそれをさらすのです。それを何回となし繰り返すわけです。熱湯かけては氷のような水にさらす。桂先生っていうお方は、そう言う様な信心をなさったお方だなぁと、そういう修行をして下さって、あたくし共が助かられるようになったなぁ、だなという事を感じれた日に感激した、と言うてお届けがあったことがあるんです。ね。
 それはなるほど人の助かる事の為には、そういう難儀、そういう難行苦行も確かになさった。荒行もなさった。心行もなさった。ね。小倉金光様と、と人から神様のように言われる、ような大徳をお受けになられた。沢山の人が助かった。ね。為にはね、桂先生御自身がお助かりになったということ、場合によっては熱湯をかけられるような思いをなさった事があろう。子供さん方にお弁当持たしてやられるのに、ね、
 竹の筒にお粥をすくうてやられたということでございますから、ね、子を持つ親として硬いご飯の弁当を持たしてやれたいのが、親の情なのである。けれども神様とのご誓願がある。神様との誓いがある。ね。ですからお粥食を子供さん方にも、やはり竹の筒にお粥をすくうて、弁当代わりに持たされたという事でございます。ほんとに親として、どんなにかお恥ずかしい思いをなさったことがあろう。
 今の教会長末子先生がお小さい頃、近所に心安ういつも遊びに行く家がある。「お宅のお嬢ちゃんは変わった事をおっしゃいますよ」ちゅうてから、「何か申しましたか」ちゅうて、夕ご飯の時に、そのいわゆる硬いご飯を食べた。「ああ、おばちゃんところは、ああ、硬いご飯だ」てっち言うてからその、す、末子先生がお小さい時にそこに遊びに行っとって言われた。
 「お宅のお嬢ちゃんは変わった事を言われますよ」それが、硬いご飯を頂くのが当たり前だから変わった事を言う。ところが末子先生はその自分の家では硬いご飯というものを頂いた事がないもんだから、変わった物を食べておられるとこう思う思われた。と言う様な話が残っております位にです。それを聞かれた時にそのう親奥様がですね。もうどんなにそれこそ恥ずかしい思いをなさった事であろうか、とこう思うのです。
 それこそ熱湯かけらるような恥ずかしい、まあ思いをなさったことであろうけれども、その恥ずかしい思いをなさるたんびにです。ね、油を搾られるような思いで、自分が改まっておいでられたことであろう。場合によっては自分の身を切り刻みなさるような、事もあったであろう。これは桂先生の直接の弟子から聞かして頂いた、話なのですけれども、修行生がその中、五・六人おった。
 とにかくその、まだバラック建てのようなお家だもんですから、非常にその寒中寒い、ですからとうとう、修行生一同が、その話し合ってです。もう一枚ずつお布団を替えらして頂こうじゃないか、そこでその、奥様のところに恐る恐る、布団をもう一枚貸して頂くことをお願いさして頂いた。そしたら奥様が仰った。「あら、あんた方は布団で温まるの?」って仰ったそうです。
 お互いがねそれこそヌクヌクとしてです、なるほど布団で温まるもののように思うておるけれども、実を言うたら布団で温まるのじゃぁない。神様のおかげを頂かなければ温まらん、あなた方だけではありません。あたくし共もこの通りだ、ということを教えらたわけなのですね。「あら、あなた方は布団で温まるのですか?」ちゅうて仰ったそうです。ほんとにお話を頂けば頂くほど、身を刻むようなご修行をなさった。
 場合によっては、桂せ、神様がです。桂先生に「その修行だけは許さん」と仰る程の修行もなさった。寒中に、何とか紫川か何かと言う川があります。あれを往復何回と言うて、こう泳ぎ渡られるわけ、もう感覚が無くなってしもうて、体が痺れてしまった。岸の方でもう動きがとれなくなっておられて、もう仮死状態であった。その時に神様から、お叱りを受けられたということです。
 「この修行は許さんと言うとろうが」ち、あるお年寄りの、婦人が朝の御祈念にお参り、朝早うにお参りさして、御祈念前にお参りさして頂いた。そしたら、桂先生ご結界に座ってござった。「はあ、先生もうこういう早うから、奉仕下さっておるのですか」ち言うた。したら、「誰にも言うなよ、誰にも言うなよ」ちゅうて仰ったそうです。そして、なお驚いた事にはですね、自分のこのお座布団替わりにですね、小石を入れた、この石の上に座っておられた。そのことを誰にも言うな、誰にも言うなと仰った。
 これはまあ、桂先生のいわば荒修行なさったという、修行をなさった一つの、例でございますけれどもです。それが荒そういう修行だけの身ではない自分の心の上にもそれを感じる、修行をなさったことであろう。身を刻まれるような、熱湯をかけられるような、氷のような水で洗い清まれるようなご修行をなさったであろう。そういう都度都度にです。いわば桂松平と言う先生の人間臭と言うか、人間桂松平がなくなっておいでられた。「信心とはわが心が神に向こうて行くのを信心というのじゃ」とこう仰る。
 お互いの信心がです。お互いの信心が、例えば、その氷のようなとか、熱湯のようなということはなくてもです。ね。やはり、金が無い、無い時はやっぱ恥ずかしい思いもする。人からえげつのう言われりゃ腹も立つ。カァーっとするような事もあるけれどもです、その都度都度にです。そういう修行をさせられる時にです。あたくしはその、油が抜けていないから、いつまで経ってもおんなしところを繰る返さらなければならんのじゃなかろうか、とあたくしは思う。ね。
 昨夜の御理解にね、信心さして頂く者は、親のある子と無い子程の違うと、違いだとこういうことをまあ、あらゆる角度から頂いて参りましたですね、今日まで。昨日またあら、ある意味で、新たな角度からそのことを頂いた。皆さんどういうようなことを、親のある子と無い子程違うということになる。と思われます。ね。昨日、むつやの田代さんが買い物にみえたお客さん( ? )そのその買い方なんですね。
 もう本当に横から聞いたり見たりしておってです。「本当に人間っちあさましいことじゃあるなぁ、そのと思わせて頂きました。信心さして頂いとりゃああいうことは思わんでむ。ああいうことは言わんでむ。と思うた」と、こう言われる。信心さして頂いとりゃ、いくらかでも教えを頂いておる。教えがいくらか身に付いておる。そげなあさましいことは言わん。そげなあさましいことは思わない。と言うわけなのです。
 また信心さして頂いとれば確かに、「先生お願い致します。」と言うてやって来れるということは、やっぱ親のある子程の、違いを感ずるけれどもです。昨日の御理解を頂いたのはですね。信心さして頂いて、親のある子と無い子の違いというのは、自分の思いというものが、変えられるからだと、今まで難儀と思うておった事がです。難儀ではない、それは神愛の現れだと、ね、今まで難儀と思うておった事が、難儀ではなくて、むしろお礼を申し上げる事だ。
 と言う様にですその思いが変えられると言う所が、親のある子と無い子程の違いだと、そうでしょう親の無い子はこの事で例えば、嘆き悲しんだり腹を立てたりしておる訳なんです。おんなじ問題をですよね。腹を立てたり情けない涙が流れる様な時にですね。信心のある者は、有難しと「親の思いが分かって有難い」と言うておる時にです。
 「落ちぶれて袖に涙のかかるとき 人の心の奥ぞ知られる」と言うて難儀、泣いておる。信心の無い者のこれは、信心の無い者の歌なんです。ところが信心さして頂く者はです。「落ちぶれて袖に涙のかかるとき 神の、神の心の奥ぞ知られる」というふうに違ってくるのだと、「こういう難儀にならして頂きまして始めて、親神様の思いが分からして頂きました」と言うのであろう。
 それを骨の髄まで分かって行かなければです、分かって改まって行かなければです。分かって磨いて行かなければです、あたしはいつまで経っても、おんなし所を同道回りせんならんとあたしは思う。分かっておる事でも、ね、それが第三者の立場に経った時には分かっておる。ところが自分自身の場合になっておると分かっていない。そういう私は、おかげを頂かなければならない。ね。
海の中から始めから、スルメを捕るわけにはまいりません。やっぱり、イカを捕らにゃぁいけん、そうでしょう。スルメが始めから海を泳い、泳いどるってないですものね。泳いどるイカを捕らしてもろうて、そのイカをです。やはり、干し上げていかなければいけません。干し上がる時分は、何かそれこそ、スルメでもなからなければイカでもない。といったようなところも通るかもしれませんけれども。
 それが一度、スルメに仕上がってしまった時です。あのスルメの噛めば噛むほどの味わいというものが頂けるのです。ね。イカということは、まあいうならいかん事ということでしょう。スルメということは、もういっちごするめ、いっちごせんぞという改まる事だと思う。いかん事でも平気でです、繰り返し繰り返ししておるところにです。いつまで経ってもスルメのような味が分からんのです。
 はあ、信心しててこげなことじゃいかん。知ってもおる分かってもおりながらです。それを繰り返しておるから、いつまでもおんなじ難儀な問題にいつも、おんなじ問題でおんなじ難儀をしなければならないということになる。もう、こ、いかんということは、もういっちごせんぞと、これをもう神様にお供えしていくぞと、改まっていく信心、いっちごするめである。ね。
 そのスルメのおかげを頂いて始めて、スルメのいわば噛めば噛むほどの味わいと言う様な日々です。信心の味わいを味あわして頂きながらの信心生活も出来る様になり、物の見方考え方もです、イカからスルメに変わらして頂いて始めてです。はあ本当にイカの時代にはあんな事を難儀と思うておったが、スルメにならして頂いたら、その事がこんな味わいをもって感じられるという、おかげが受けられるのである。
 そこが、親のある子と無い子の違いだ。ね。お互いの信心がです。堂々巡りでは、ね、この分かっておるけれどもそれを改めないところに、いつまで経っても本当の意味においての、親のある子と無い子程の違いを感ずることもできなければ、味わいも感ずることもできないことになってくるのです。ね。そのくらいのことが分かっとらんはずは無い、ね、分かっておる事柄が案外、自分の事になってみると分かっていない。
 何故そういう事なのか、ね、熱い思いをする。冷たい思いをするたんびに、その改まっておらんから油が抜けておらんから、おかげが受けられんのじゃなかろうか、「わが心が神に向こうて行くのを信心というのじゃ」と、例えばなら桂先生の場合などはです。そういう熱い思い冷たい思いをなさる事がです。その荒行でだけではなくてです。火の行水の行といったような事ではなくて、真実か信心生活の上においてです。
 家業の上において、これが火の行じゃろうか、水の行じゃろうかというような事があるのです。だから、それを行を行としてです。さあ、そこをおかげを頂いたというだけで、通り抜けるだけではなくて、これを火の行である、これを水の行であると思うてです。その都度都度に、自分の心がです。搾り上げられていく、清め上げられていく、そして、イカからスルメに変わらして頂くような、おかげを頂くということがです。
 わが心が神に向こうて進んで行きよる信心じゃなかかと、あたしは思うのです。ね。そこに思い方の変わった、ね、全然、いわゆる、「肉眼をおいて心眼を開け」と仰る。肉眼で見れば難儀に見えるのだけれども、心眼を持ってすれば、それが神愛と見えるのである。だから、どのようなことにでもお礼が言えるのである。そういう心の状態であるから、神様をご中心に申し上げなければ、もちろんおられない。
 そういう生活がです、いよいよ身に染み込んで自分の物になる。いわゆる信心が自分の物になるということである。皆さんそういうおかげを頂かにゃぁいけません。ね。分かっておるようである、あって分かっていない、それはあたくし共の修行の都度にです、自分が改まっていないから、いつまでもおんなしところを通らねばならんということです。
   おかげを頂かなければいけません。